Gibson FireBirdの歴史

1963年 歴史の始まり

2013.01.06 Sunday 00:00

※この記事はhttp://sound.jp/firebird/history.htmから引用、編集しています

最初のオリジナルファイヤーバード

オリジナルFirebirdには4つのモデルが用意されました。

・1PUでドットマーカーフィンガーボード、ネックバインディングのないFirebird I、
・2PUでドットマーカーフィンガーボード、ネックバインディングつきのFirebird 掘
・Firebird 靴縫屮蹈奪ポジションマークが施されたFirebird V、
・Firebird Vを3PUにしハードウエアがゴールドパーツのFirebird


(左からI、III、V、VII。色は当時用意されたカスタムカラー)

各モデルは、レスポールジュニア、スペシャル、スタンダード、カスタムにほぼ相当するレンジ分けです。

全てのモデルにバイブローラが付属していたが、Iと靴亙燭燭ぅ◆璽猊佞離轡隋璽肇丱ぅ屮蹇璽蕕肇謄ぅ襯圈璽好屮螢奪犬料塙腓察↓垢鉢擦砲魯廛薀好船奪のノブ付のロングバイブローラとチューンOマチックの組合せです。Iだけにはテイルピースブリッジ(TPBR8513)のモデルも存在しました。

また、Firebird IIIにはピックアップがミニ・ハムではなく、P-90のものが少数ですが存在しているそうです。ヘッドにはなぜかバンジョー・ペグが採用されておらず、ネックにバインディングも無し。ショート・ヴァイブローラーのアームバーも通常のものと違い、先端にプラスティック部分のないタイプが使用されているようです。

参考画像:ファイヤーバード発売時の広告





カスタムカラーを用意

Firebirdを発売した際ギブソンはフェンダーの14種のカスタムフィニッシュに対してサンバーストの他に10種類のカスタムカラーをオプションとして用意した。しかし発売当初手に入れることができたのは、白、黒、ゴールド、チェリーレッドだけだったといわれていています。

63年から69年まで用意された10種のカラーはいずれも59年から61年にかけて作られたオールズモビルやキャデラックなどのクルマに塗られた色で、この点はフェンダーに一致してあり、実際の色も一部を除いて名前が異なるだけの同じ色でした。現在でもノンリバースモデルを含め鮮やかなフィニッシュを施されたFirebirdのイメージが強いのですが、実際には楽器店の店主が在庫品の売れ残りのを嫌がり、顧客にカスタムカラーのインフォメーションをしなかったことが多くカスタムカラーの生産台数は限られていいました。

下記画像はファイヤーバード発売時のカスタムカラー・チャート紙。
http://www.geocities.jp/guitarshop_maro/pages/legends/pages/02.htmlからの引用です。


Gibson FireBirdの歴史

1966年 モデルチェンジ

2013.01.08 Tuesday 00:00

※この記事はhttp://sound.jp/firebird/から引用、編集にしています

コストダウンのためのモデルチェンジ

満を持して発売したFirebirdでしたが残念ながらその売上げは期待通りとはなりませんでした。そこで65年に価格を抑えるためのモデルチェンジを行いました。

この変更は生産効率を改善する目的でセットネック工法を用い、ボディはフラットで違和感の少ないベースカッタウェイの張り出したフォルム、フェンダーと同じ配列のクルーソンペグを配したヘッドストックの採用などによるものですがSGのピックガードマウントPUの採用と同じ手法が取られていることも見逃せない部分です。

ボディのルーティングを共通にすることでさらに生産効率を向上、これがいわゆるノンリバースFirebirdといわれるモデルですが実際に発売にされたのは65年も暮れになってからといわれています。

リバースモデルと同じく4つのモデルを持つノンリバースFirebirdはハードウェアがわずかに異なるだけで、ドットマーカー付でバインディングのないの指板を含めボディ&ネックは基本的に全てのモデルに共通でした。よって全モデルに3PU用のルーティングが施され、不要なそのルーティングはピックガードによって覆い外見からは見えないようにしていました。

ローコストのP-90が2個のFirebird I、同じく3個のFirebird 掘▲潺縫魯爛丱奪ーが2個のFirebird 后同じく3個のゴールドパーツのFirebird 擦箸い辰振餽腓如▲椒妊の相違点はわずかにテイルピースブリッジとチューンOブリッジの穴のみ、気2PUにすることによってコントロールの穴の数も一緒という行程作業を少しでも減らすようにしたと思われます。

都市伝説

ノンリバースモデルを出した理由として一時期はフェンダーからのパテントの特許に抵触するおそれがあったためと言われていていました。しかしなんのパテントに抵触する可能性があったのかはっきりした情報はありません。さらにそもそもノンリバースモデルはジャズマスターやジャガーにもシルエットが似てむしろリバースモデルよりフェンダーっぽい作りになっています。と言う理由から近年はノンリバースモデルはコストダウンを狙ったものと言う説が有力です。


通常のFireBirdからノンリバースモデルへの変更点

1.スルーネックの廃止
ファイヤーバードの最大の特徴であったスルーネックが廃止され、セットネックへと変更。そのためボディに段差はなくなり、完全なフラットになる。

2.バンジョー・ペグからクルーソンへ
ペグの配列がノーマルに戻され、これまた特徴のひとつであったバンジョー・ペグが廃止。フェンダー同様6連式クルーソンに変更。フェンダーのペグがバラバラなのに対しこちらのクルーソンは1つになっている。

3.ピックアップの変更
IIとIIIのピックアップが、ミニ・ハムバッキングからP-90へ変更。しかしVとVIIについては変更が行われずそのままミニ・ハムが引続き採用される。

4.ボディ&ネックの共有化
それまで各モデル・機種ごとに違ったザグリ、ピックガード製作を行っていが、コスト削減・効率優先の大量生産型へと移行、ボディもネックもザグリも、ピックガードさえも共有する、フェンダー・スタイルに。そのため、スタンダード&カスタム機種に施されていたネックサイドのバインディングとブロック・インレイが、ノンリバでは不採用。

5.スライド式スイッチの採用
ピックアップのセレクターが、それまでのトグル・スイッチからスライド式へと変更。しかし強度面での問題から、1968年に再びトグル・スイッチへと戻される。


上記画像は1966年型FireBird III と思われます。

1966年型FireBird I はバインディング無しのネックにドット・ポジションマーク、ピックアップはP-90、そしてショート・ヴァイブローラーを標準装備。

1966年型FireBird III は1966年型FireBird I にセンターピックアップが追加された仕様。

1966年型FireBird V はブリッジはチューン・オー・マチック&デラックス・ヴァイブローラーではあるがネックは型FireBird Iと同じでピックアップはミニハムバッカー。本家よりさらにトレブリーと言われています

1966年型FireBird VII はゴールド・ハードウェアにミニハムバッカーx3搭載、ブリッジはチューン・オー・マチック&デラックス・ヴァイブローラー、ネックは型 I と同じ。ノンリバースモデルは全てのネックが同じ仕様です

Gibson FireBirdの歴史

1966年 マイナーチェンジ

2013.01.09 Wednesday 00:00

※この記事はhttp://sound.jp/firebird/history.htmから引用、編集にしています

いくつかの仕様変更

ノンリバースモデルは66年にスライドスイッチからトグルスイッチへ変更されます。また68年ごろにはノンリバースモデルのPUも変更をします。ポールピースの代わりにボビンの中心に差し込まれていた2個のマグネットを軟鉄製に変更し、一枚の板状のマグネットをボビンの中央に縦に配置、ボビンを90度傾け中央のマグネットから着磁させるというこれまた画期的な方法で、これはコストの低減にも役立ちました。

外観上は変わりませんが、よりシングルコイル寄りのサウンドとなり当時ギブソンはよりトレブリーなトーンを追求していたことがわかります。

フェンダーエレクトリッXIIの影響


66年には12弦モデルであるFirebirdXIIが発売になります。これはノンリバースのボディにギブソンのコンベンショナルなヘッドスタイルを持つ12弦用ネックを組み合わせたものですが、これにも前年65年にフェンダーから発売されたエレクトリッXIIに影響を受けています。

FirebirdXIIにはバイブローラの搭載はなく、代わりにES-1275と同じ鉄板を加工したテイルピースがネジ留めされていました。

Gibson FireBirdの歴史

1969年 最初の終焉

2013.01.09 Wednesday 00:00

http://sound.jp/firebird/history.htmから引用、編集しています。

レスポール再生産の影で

Firebird 将兇糧売後は仕様も安定し継続して生産されたノンリバースモデルでしたがセールスの方は決して好ましくなく、発売翌年の67年には出荷数がその3分の1に落ち込んでいます。

一方ギブソン本体は空前のギターブームにささえられ、生産量は飛躍的に増加。設備を大幅に拡張し生産性の向上が計られました。そして要望が多かった68年にオリジナルシェイプのレスポールが再生産を決定します。それが翌69年には年間5000本を越える人気機種となり現在に至るまでギブソン主力商品となります。しかしそうした陰でFirebirdは生産を終了しまた。発売期間は6年、総出荷数は9019本です。

1969年の蒸留酒はもう置いてません(ホテルカルフォルニアの歌詞)

アメリカがもっとも輝いていた60年代。クルマ、ファッション、音楽が強力な個性を主張していたあの時代の空気と調和しながら、天才的デザイナーの手によってこの世に生を受けたFirebird。セールスこそ不振だったものの、その後、新たなスタンダードとなるエレクトリックギターはその後生み出されていません。

時は1969年、ロック元年とも言えるこの年に静かにミュージックシーンから姿を消したFirebirdは、ホテルカリフォルニアのソムリエが名門カラマズーの醸造所から仕入れた最後のスピリッツの1本だったのかも知れません。

Gibson FireBirdの歴史

1970年代 メダリオンと建国記念モデル

2013.01.10 Thursday 00:00

※この記事はhttp://sound.jp/firebird/から引用、編集しています。

1972年、最初の再生産”メダリオン”



最初の再生産は72年にかけて行われたました。再生産モデルは2プライのネック、ニッケルメッキのロングバイブローラを含め、ほぼ100%63年のオリジナルFirebird Vを再現していましたが、PUカバーにはギブソンの刻印が入っています。

ボディにリミテッド・エディション・ナンバーの入った円形のプラークが釘で打たれていることからメダリオンモデルといわれ、サンバーストモデルのみ合計350本の限定生産といわれてましたが実際には72年に351本73年には15本の366本が出荷されています。またその中の16本も通常の仕様とは異なるモデルだった可能性があるそうです。

1976年、建国記念モデル


二度目の再生産は1976年、アメリカ建国200周年を記念して発売されたもので当時の輸入代理店であるヤマハがかなりの数を国内に輸入したし日本でも比較的簡単に目にするようになりました。リバースモデルでは気瞭団Г任△辰織疋奪肇沺璽ー指板ノンバインディングネック、III、Vの仕様の2ピックアップ、VIIのみの使用されていたゴールドパーツ、63年以来13年ぶりの復活のマホガニー2ピースのネックスルーボディという怪奇複雑な仕様です。

ブリッジはナッシュビルチューンOマチック、テイルピースはストップテイルピースを採用、さらに建国記念ということでピックガードの鳥のマークにも赤と青の星条旗と’76という数字があしらわれています。またベースカッタウェイがそれ以前のモデルに比べ若干なで肩なのも概観上の大きな特徴です。



Firebird Blog
管理人@FireBird_bot(twitter)

ギターのファイヤーバード(Firebird、Gibson,epiphone,その他コピーモデル)についての歴史やスペック等を調べ、まとめています。


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